ヘルマン・ヘッセの死や絶望に関する名言

この記事では,ヘルマン・ヘッセの自殺に関係した名言をいくつか紹介する.

『クラインとワーグナー』はヘルマン・ヘッセの作品.1919年に書かれた本.この年は第一次世界大戦が起こった次の年でもあり,精神病の妻と別れた年でもあり,客観的な出来事を書き並べれば物質的にも精神的にも辛い年であるはずであった.しかし,この年は,annus mirabilis(驚異の年)言わしめるほどに詩人ヘッセにとって文学活動の高まった時期であった.

ヘッセ自身も創作活動に関して,「1919年は,晩秋に至るまで,私の人生における最高度に需実した,豊かで,熱心に仕事をした,熱のこもった年であった」と書いている.この年に書かれた小説を上げるだけでも,冒頭の『クラインとワーグナー』,『子供の心』,『クリングゾルの最後の夏』,『デミアン』,『童話集』を書いた.

そんな仕事に没頭した年に書かれた一作品から次の言葉を紹介する.

今,自殺することは無益だ.手足を一本ずつ引き抜いて打ち砕くことには何の価値もない.そんなことは無駄なのだ!そうではなくて,本当に救いをもたらしてくれるのは悩むことだ.苦しみ,涙にくれながら,人は大人へと成熟し,何度も打たれ痛い目にあいながら,完璧に鍛え上げられるていくのだ.そうすれば,死ぬことが許されるのだ.そしてそれは良い死だ.美しくて意味があり,この世の最高の幸せだ.どんな愛の液にもまさる幸福だ.消滅するため,救済のため,新たに復活するために,燃え尽き,完全にその身を委ねて母の胎内へと戻って行くのだ.そのような死,そのように成熟した,すばらしく高貴な死にだけ意味がある.そんな死だけが救済であり,故郷への回帰なのだ.

『クラインとワーグナー』全集11巻 p.108

次は,1927年に書かれた『荒野の狼』から.この本は,ヘルマン・ヘッセがよく書く,純粋なる熱情や厳しさに直面し絶望を感じるなど人間生活における二つの極を小説のプロットに埋め込む作風から大きく代わり,孤独な精神世界に囚われるハリー・ハラーについて書かれた本.この中では,ヘッセは誕生は今年ての分離であり,最後には全体への復帰となることを述べる箇所がある.

そんな『荒野の狼』からはヘルミーネが述べた次の一節.

いったい私たち人間は,死を根絶するために生きているとでも言うの?いいえ,私たちは死を恐れ,死を愛するために生きているのよ.まさに死を恐れながら,愛するからこそ,この取るに足らない人生も,ときには,しばらく美しく輝くことがあるのよ.

『荒野の狼』全集13巻 p.118,119

最後は『東方の旅』から,次の一節.

絶望は,人間の生を把握し,正当化しようとするあらゆる真摯な試みの結果なのだ.絶望とは,生を美徳で正義で理性で耐え抜き,生の要請に答えようとするあらゆる真摯な試みの結果なのだ.

『東方への旅』全集13巻 p.279


———-雑感(`・ω・´)———-
投稿日の一年前は特別な日.不思議なことに投稿した同じ日にも後から振り返れば人生のターニングポイントになるだろう出来事が訪れた.偶然にして必然だったのだろう.今年を振り返れば間違いなく真っ直ぐには進めてなかった.でも,寄り道した中で大切な経験も多くしたようにも思える.心から他人を頼りながら,徹底して自分を確立出来るように生きていきたい.

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